平山栄一記録簿  想哲理越憂愁     

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とある会社で暴言を吐かれた話

ある会社に勤めていたときのことです。思いも掛けぬ暴言を受けました。社員数わずか8人ほどの小さな会社ですが、私は一応、営業兼雑務という立場でした。一応若手だったので、将来を期待される立場でもありました。でも、番頭格の社員から疎まれたせいか、だんだん冷飯扱いとなっていきました。

 

社長へ讒言か告げ口でもされたのか、社長からの当たりも強くなってきました。社長も番頭も私に対しては、いつ辞めてもらってもいいよ、というような態度となっていました。パワハラが始まり、業務の過酷化も始まりました。かなり激務の所だったのですが、さらに激務が恣意的に課されました。若かったので肉体的には耐えられたのですが、理不尽な仕事日程には悩まされました。

 

でもそれ以上に驚いたのは、差別発言です。私の出自(と言っても単に在日韓国人だというだけのこと)に関する悪口が吐かれたのです。それも実に低次元のものでしたが、若かったせいかかなり腹が立ちました。父にも相談し、どうしたらいいか、とことん抗ってみたいと思ってる、と伝えた所、「とことんやれ。」とのことでした。父も腹立たしい思いをしていたようです。

 

私なりに色々と抗議しましたが、会社の対応は丸で改まりません。その内、自宅に(その頃は、まだ親と同居でした)ヤクザのような物言いで、脅しの電話まで入ってきました。細かい内容は忘れましたが、典型的な脅し文句を並べていたような記憶があります。

 

その頃は、組合活動も大変元気な時期だったので、外部労組に委託することにしました。団体交渉の場を持ってもらい、組合の関係者に立ち会ってもらいました。その時は、まだ社長も番頭も意気軒昂で、こんなものどうってことない、という態度でしたが、すぐにシュンとなってました。少し調べて、組合員数2万人? 3万人? ともかくすごい数の組合員がおり、幹部の活動も活発で、街宣活動だってバンバンやってる、ということが彼らにも分かったようです。

 

あっという間に私と会社の立ち位置が変わり、私が要求していた項目を全部飲み(不払いの残業手当を要求していました)、のみならず、おわび金なるものまで提供しました。社長と番頭の2人で最敬礼して私に謝罪までしてくれました。

 

胸がすっとしましたが、いわゆる成功ウツというのでしょうか、張り詰めていた糸がピンと切れ、マインドがどん底に落ち、しばらくの間、苦しい時期が続くことになりました。何とか立ち直ることができましたが、大変この件では勉強になりました。

 

それにしても、あの頃の差別感覚は相当のものがありましたが、今でも実は大した変化はありません。日本の外国人差別は非常に執拗なものがあります。殆どの方はそれを知りません。私の中ではそういった外国人差別の問題は、自分の気持ちの中では解決していますが、社会的問題としての差別存在については、ずっと客観的認識を続けています。結局、歴史の反省が無いことにその因があります。教育の不備と歴史認識の貧困が、日本の社会の致命的欠陥となっています。自覚している人は少ないのではないでしょうか。あえて苦言を呈しておきたいと思います。

 

ただ、沖縄だけは外国人差別がありません。当初、旅行に行ったとき、本当に驚きました。さらに驚いたのは、住んでみてからです。外国人ってほんと? ええー、かっこいい!などと小学生からも言われたものです。そんな言われ方をしたのは初めてでした。さらに驚きました。この話はまた別途、書いてみたいですね。

 

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