平山栄一記録簿  想哲理越憂愁     

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雨、出会ったご老人、芥川龍之介

沖縄は素敵な公園が至る所にあります。私は、自宅近くのあっちこっちの公園を殆ど知っています。体操や運動をするのに必要だからです。今日も朝早くからある公園に行き、公園玄関から近い方の東屋で少し運動してました。雨模様のため、雨が降ったら避けられるので。(2,3日前に書いた文です)でも朝は結構、犬の散歩で人が通ります。ちょっと場所を変えようともう少し奥まで歩いた所にある東屋に移動しました。ところが、これがゴミだらけ。何人かのグループで遊んでいたのか、紙パックのジュース、缶コーヒー、プラスチックカップ、その上、食べ物の入っていたラップなどなど。タバコの吸い殻もあちこちにありました。

 

うんざりする程の汚し方でしたが、他に思い当たる所もなく、我慢しながら体操、運動を続けました。気分はあまりよくありません。あちこちのゴミについ目がいってしまいます。楽しくないですね。ずっと階段を下った所に、川が流れており、その近くあたりに場所を変えてみました。ところが、朝から降った雨のため、生い茂っている草むらが水滴だらけ、おまけに草むらからやってくる蚊なども多く、使える場所とはなりませんでした。

 

仕方無く元の東屋に戻り、気分はあまり良くないものの我慢しながら運動、体操を続けました。たぶん、どこぞの行儀の悪い若者グループなんだろな、ほんとにもうやってられないよ、とブツクサ心の中でぼやいてました。いつもは気持ちのいい運動も台無しです。

 

と、後ろの方から歩いてくる人に気づきました。それも私の真後ろで止まっています。アレ? 何だろう? 私が運動してるの見えてるはずだから後ろでじっとするってあんまり無いはずだけど、と思いながら振り返ると、スーパーの大きめのレジ袋二つを持った私よりも年配の男性が立っていました。どうやら、公園のあちこちのゴミを拾っておられるようでした。

 

ガツーンと来ました。実は、ゴミを入れる袋でもあればなぁ、と思いつつ、いやゴミを集めてもどこにどうやって処分する? やっぱり面倒だしな、などと考えが行きつ戻りつしてたのですね。そこへ登場されたお助けマン。この方、別に公園担当の作業をする人ではないことは明らかでした。第一レジ袋でゴミ拾いって作業員の人やりませんから。明らかに普段から日常としてゴミを拾い集めておられるのでしょう。自然に、

 

「あ、どうもありがとうございます。」

 

と挨拶した上で、一緒にゴミを拾い集めました。レジ袋の方に入れて下さいと言われたので、ご好意に甘えさせてもらいました。一通りきれいになってすぐに、この方は別の場所へと移動されていきました。きっと、この公園の近くにおられ、公園を通るときに袋を用意し、集められるだけのゴミを拾っていかれてるのでしょう。単純に、エライなぁ、と胸打たれましたね。

 

そう言えば、他の公園でも、明らかに別段、市の職員でもなさそうなふつうの人がゴミを拾っている姿を見ます。素直に頭が下がりますね。自分はまだそこまで出来てません。いや、まだまだできないでしょう。ただ、できる限りのことはできるかもしれません。ちょっと考えてみたいなと思いました。

 

雨が降り始め、東屋でぼーっと。

 

ふと、ポーチに入っている小説を朗読してみようかな、と思いつきました。芥川龍之介の短編「トロッコ」私の大好きな短編です。最初は小さな声で始めましたが、物足りなくなり、やがて少し大きな声で朗読します。だんだん気持ちよく発声できるようになりました。公園の中だからこそ出来るのかもしれません。長い間、朗読をしてませんでしたからとても懐かしい。また練習してみようと思ってます。

 

ちなみに、何度読んでも芥川龍之介の小説はスゴイです。どうしたらこんなに上手に、そして色々と気づかされる、考えさせられる小説を書けるんでしょうか。勉強と蓄積、そしてもって生まれた天才がそうさせるのでしょうか? 何にせよ、ほんの少しでも彼から学びたいと素直に思います。たったの35才で自死しましたが、人生、年齢ではありませんね。この方はご自分の力をすべて燃焼し尽くしたのかもしれません。そうだ、「歯車」とか「或る阿呆の一生」とか、今までどうしても読めなかった小説を古本で探さないと。