平山栄一記録簿  想哲理越憂愁     

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「沈黙の歴史をやぶって」 動画紹介

数えてみれば、もう半世紀ほど前のことです。う〜ん、半世紀前か、何だか遠い所に舞い戻ったような気がしますね。何が半世紀前? 実は、私が高校2年生頃に、つまり約半世紀前に、社会の授業で、ちょっとした事件がありました。日本の歴史について、朧気ながらの記憶ですが、珍しく第二次大戦時頃の歴史についての授業だったと記憶しています。その時の教師が言いました。

 

「天皇に戦争責任はあります・・・天皇に戦争責任は絶対にあります。」

 

授業の中でこのフレーズを突然言ったんですね。それも2回繰り返して。何故か、教室中、水を打ったように静まりかえりました。恐らくこういった発言はこれまで殆どその時までの私の人生で、と言ってもたかが高校2年生頃ですから17年くらいですが、初めてのことだったと記憶しています。クラスメートにしても同様だったでしょう。

 

私はその頃、それほど天皇制についてどうこう調べたり考えたりはまだしてませんでしたが、この教師の言うことには何故か完全に同意できました。もう既に、在日韓国人であるが故に、様々な差別体験、他、指紋押捺などの体験で、これは何かがおかしい、元来、天皇は象徴とは言え、はっきり言って偉そうにし過ぎてる、みたいな感覚を持っていました。小さな子供に〜様と言わせ、天皇については陛下という日本で唯一の尊称を付ける...実は、人間と人間は元来平等、エライ人なんかいるはずがない、という感覚が私の中ではかなり芽生えていました。なので、この教師の言葉には頷けたのだと思います。

 

私の直観ですが、沖縄にいるオジィオバァも、殆どの人たちは天皇に対して親和性を持たないと思います。沖縄戦でどれほどの苦衷を味わったか、ほとんど明らかにされてません。戦争時、沖縄中の壕が避難場所となり、日本軍の軍人から子供たちが殺され、無作為に大人も殺されました。鉄血勤皇隊というとんでもない作戦のことも日本の人たちは知りません。朝鮮、韓国でもその感覚は同じだと思います。

 

前置きが長くなりました。

 

「沈黙の歴史を破って」という題の動画を紹介します。ある本を読んでいる中でこの記録を見つけました。調べてみた所、女性国際戦犯法廷というものが2000年12月に東京で、及び2001年12月にオランダのハーグで行われていた、ということが分かりました。この女性国際戦犯法廷というのは、従軍慰安婦として筆舌に尽くせない被害にあった方々のための戦犯法廷ということで、天皇の罪を問うという作業がされてます。

 

この情報は知りませんでした。おそらく、当時からメディアは殆ど情報を出さなかったのではないかと思います。今から22年あまり前のことですが、NHKでは情報を少し出していたようです。その頃はまだテレビを持っていましたが(今は7,8年前に捨てたのでありません)、昔からNHKの番組は、殆ど観なかったので、気づかなかったのだと思います。書籍では出ていたはずですが、残念ながらそれも気づきませんでした。*日本政府から妨害があり、このNHKの番組は当事者の証言シーンがカットされているそうです。

 

動画サイトの名前は、「女性国際戦犯法廷アーカイブズ」です。

期間限定映像 | Women's International War Crimes Tribunal Archives

 

期間限定映像となっていますが、いつまでの期間かのお知らせはありません。観ることができる内に、是非観られることをお奨めします。

 

従軍慰安婦とされた方たちの途方も無い人権侵害について、日本は殆ど全く真摯な反省と謝罪、賠償を行う意志がありません。そして、かつて従軍慰安婦としてのとてつもない被害、想像を絶する恥辱を受けた方々は、殆ど既に泉下にあります。それをいいことに、この問題について、日本はほぼ語ることがありません。もう終わったことだとしています。

 

しかし、それではかえって日本は本当の意味で立ち直れないのではないかと思われます。まともな本当の反省と人間の尊厳に対する尊重心を持たないまま、何事も無かったように振るまうようでは、世界からの尊敬を決して受けることはありません。むしろ、日本の未来は、陥落の方向へ向かわせられることになるのではないかと思われます。

 

残念ながら、この試みに対する日本国内での正当な評価はほぼ絶無と言ってよく、むしろ唾棄すべき妄動だとの取り上げ方がされています。主として、日本政府がその率先を走っています。気の毒なことに、政府の与党関連の人たちは、それが正しい方向だと考えているようですが、完全に破綻しています。当時の軍、政府、天皇の責任を否定することは、従軍慰安婦及び強制連行、強制労働をさせられてきた人たちに、一切責任を認めることなく、むしろその犯罪を無かったものにしたいという意志を表しています。およそ当事者の共感を得ることもなく、尊敬を信頼を得ることもありません。最も悪しき方向へ向かう政府に対して、むしろ反対に日本国民市民自らが、人道上のすさまじい迫害を受け続けてきた性奴隷被害者たちの思いを、是非とも共有すべきかと思います。

 

ところが、残念ながら殆どの人たちは正当な歴史を教えられておらず、むしろ虚偽、捏造、無視、侮辱、軽視を続け、性奴隷被害者たちの被害を結果的にないがしろにしてしまっています。おそらく今回のこの私の記事も、現状では殆ど受け入れられないでしょう。いつか自分で調べて知見を得る作業を行う人が、次第に顕れてくることを祈ります。

 

多くの人に訴えます。世の中に偉い人というのは存在しますか? 何を以て偉いと考えますか? 生まれた血筋で偉いと考えますか? それともお金を持っている人が偉いですか? 地位、名誉をこれでもかとばかりに得ている人が偉いですか? でも、それらはただのハリボテだと思いませんか? 本当に大事なのは、自分及び他者を、子供たちを、いかに心から慈しみ、大事にし、心から幸福と健康を願うということではないでしょうか?  そういう人たちが、偉い人というより、大切な仲間だと言えると思います。