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昆虫食の世相を見て考えること

食用コオロギの粉末を学校給食に 全国初、まず徳島で: 日本経済新聞

 

コオロギ約100匹分を配合した「コオロギうどん」がパッケージリニューアル! - 産経ニュース

 

 昆虫食がもう当たり前のように言われ始めてます。上記の2つの記事を見て、何かおかしいと思わない人は、少なくともコロナ禍とされるものに関して殆ど自分で調べることをしてこなかった方だと思います。自分で自分が専門家になる、という気持ちで自分で調べてみるということが大変重要な時期に、今はあると感じています。

 

上の記事と日付けを見た後、次の記事を見てください。

 

世にも恐ろしい 心を操る寄生体 | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト

 

食用コオロギが注目される理由とは。おいしい昆虫食でSDGsの達成に貢献しよう - Gryllus Magazine - グリラスマガジン -

 

上の2つの記事の日付を見ましょう。

 

1つ目のナショナル ジオグラフィックは2014年11月号となってます。

 

2つ目のグリラスマガジンというのは2022524日となってます。

 

ナショナルジオグラフィックは創刊が1888年で、随分前から出されている雑誌です。そして昆虫に寄生する寄生虫などの危険性について、記述されてます。寄生虫が宿主を操り、死ぬまでコントロールするとかの話も書かれてます。まぁ、間違ってもこういった昆虫を人間が食べようなどという発想は、この時点では持ってません。そういうことなど微塵も想定していなかったでしょう。記事が出されたのは、201411月。コロナ禍とされる兆候など、まだまだ影も形も無い頃でした。

 

そして、2つ目のグリラスマガジン、創刊は2019年だそうです。記事が出たのは20225月24日です。出しているfacebookに「株式会社グリラスは、徳島大学の基礎研究をベースに、コオロギの可能性を社会に実装していくことを目的として2019年に創業したフードテックベンチャーです。」とあります。え? コオロギの可能性を社会に実装? これは最初からセッティングされていたということなのでしょう。おいしい昆虫食でSDGsの達成に貢献しよう、とも言ってますね。悪名高き(少しでもその危険性について調べた方にとって)SDGsが絡んでいることから見ても、国連がWHOが絡んでいることはかなりありえる話だと思います。国連やWHOが直接絡むのでなく、日本政府に指示が出され、その一旦として、各所にセッティングするという流れかな、と感じます。

 

上に掲げた合計4つの情報を見て、それでもコオロギを食べる、という発想が起きるでしょうか? 国やメディアが言うことを鵜呑みにせず、まず自分で調べてみる、というスタンスが重要ではないでしょうか? 少なくとも、国やメディアが信頼に足る存在かどうかを、よく考えてみる、ということが必要なのではないでしょうか?

 

最近気に入っているワードがあります。

 

「自分が自分の専門家になる」

「自分たちが専門家になる必要がある」

 

こういった発想と逆転した感覚は、専門家の言うことを聞いておけばいい、そのために専門家があるのだから、自分たちは従うだけでいい、という発想です。しかし、今の社会は、その発想だと、簡単に殺されてしまうことに繋がっていきます。今、日本で世界で起きている現象は、専門家とされるものが、その多くが何故かとんでもない者たちの集団だった、ということから起因しています。誰もが内容物を知らない、何が入っているか分からない、そういう物を嬉々として受け入れ、あるいは恐怖の下に受け入れ、自らを滅ぼそうとしています。コロナワクチンとされる物はそういう存在だということに、一人でも多くの人々が認識しなければならないと思います。でなければ、子どもたちの命と未来は危ういものとなります。子どもたちの命と未来が壊れれば社会は破滅します。

 

日本の政府とメディアは既に乗っ取られている、という現実にできる限り早く気づく必要がありますが、残念ながらその必要性は無視され続けています。日本の政府だけではなく、世界の政府とメディアが乗っ取られているのですが、海外では、かなり多くの方々が覚醒しつつあり、多くの闘いがなされ、少なくともマスク装着は免れていってます。PCR検査も必須というレベルから遠ざかっていってます。コロナワクチンの接種も激減もしくはほぼ中止という形になりつつあります。日本だけは、まだまだその流れになっていってません。もういい加減、闘う姿勢だけでも作らなければ、とりあえず日本から滅びるということに成りかねません。

 

世界中の政府とメディアが乗っ取られている、というフレーズが狂気じみていると感じられる方にはお伝えしたい文言があります。

 

たかが人類、いつ滅亡したっておかしくない。あらゆる種は絶滅危惧種。絶滅危惧種が滅亡するのは確実に予定された未来。ただ、予定された未来であるにせよ、自ら滅亡に踏み切る必要もない。どれほど突飛に見えようとも起こりえるすべての事態を想定せよ。闘わずして空しく散るはあまりにも愚かで間が抜けている。