平山栄一記録簿  想哲理越憂愁     

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「ザ・レイプ・オブ・南京」を読んだ

アイリス・チャンの著した、「ザ・レイプ・オブ・南京」を読み終わった。多くの資料と考察を積み重ねた良書だった。しかし、多くの日本の人たちがこの書籍の内容に否定的な立場を取ることが多い、それも全否定する人が少なくない。本のすべてを読み通すと、そこまで全否定が出来ることに疑問が湧く。ここまで緻密な取材を積み重ねた本はそうざらには無い。

 

読んだ後に、苦い思いは残る。人間とは何と罪深い生き物なのか、という思いだ。人間性が崩壊してしまった、としか思えない蛮行を、丸でピクニックにでも行っているかの如き感覚で行ってしまう。チャン氏も指摘していたが、日本軍の軍隊の中での状況があまりに過酷なため、最下層の兵隊が、中国人を恣意的に自分より更に下層の人間だととらまえ、人間扱いする感覚が皆無になってしまった・・・としか思えない。この本の感想を書くことは難しい。一言や二言では済まない。暫時、保留にしておきたい。

 

ただ、他事ながら、疑問に感じることがある。コロナの詐欺に対して勇敢に立ち上がっている人が少なからずいるのだが、その中で、日本への愛国心、いや、熱望的な肯定感情を自覚し、表明する人たちが多いのだ。本当に不思議なのだが、コロナの詐欺には気づきながら、日本人であることについての過度の優越主義としか思えない言動をする方がおられる。大変残念だ。

 

日本は、かつて戦争に参加したが、それはアジアを救うためのものであって、アジアの人たちを攻撃するものではない、実際、日本軍はアジアの各地で歓迎された、インフラを作り、教育も施した、そういった状況を何故か教科書では隠蔽している・・・

 

そのような主張を同時にされるような方もおられる。詐欺コロナに関しては完全に理解されているのに、第二次大戦において、日本軍が丸で正義の軍隊であり、各地で歓迎された、などということを本気で言われていることに愕然とせざるを得ない。

 

まだ、その方に詳しく話を聞いたことはないが、いわゆる従軍慰安婦(被害国では性奴隷という言い方がされる、従軍していた訳ではなく、騙されて連れていかれたり、半ば強制的に連れて行かれたりして性被害にあっているから)、そして、南京での大虐殺なども、無かったという立場を取られるのだろうか? もしそうだとしたら、あまりにもこうした問題に関して未熟だと言わざるを得ない。非常に残念だ。

 

むろん、人間は万能ではない。各方面に対して満遍なく知識を持ち、すべてに対して正しい対応ができる、というような能力をそう多くの人は持たない。しかし、日本の軍隊が、戦争時において、現地で歓迎された、というような完全なプロパガンダを、見抜けないということでは、理解力洞察力があまりに低いと言われても仕方が無いのではないか?

 

猛省していただきたいのだが、さて、話が通じるだろうか? 通じるか通じないかは分からないが、人間には可能性がある。試みてみることは有意義だろう。

 

私自身、在日韓国人という立場があり、性奴隷となって大変な思いをした方々から、直接の証言を聞く機会があった。少なくとも日本軍を歓迎してはいなかった。それどころか、死ぬほどの屈辱と塗炭の苦しみを体験された。殺された記録も多々ある。南京で虐殺された方の関係者や、亡くなりはせずともひどい障害を受けた方とは面識がない。が、今日読み終わったチャン氏の本を読んで分かることだが、とても日本軍を歓迎しなかったことだけは確かだ。

 

日本軍を子供たちや現地の人が日の丸を持ち、迎えているという画像や動画は存在するが、これは、日本軍の蛮行を隠すために、1,2ヶ月後に企画したフェイクだ、という事実は紹介されている。その件について、南京の市民を助けるために貴重な活動をされた国際安全区の、20人ほどの外国人、アメリカ人、ドイツ人、中国人などの人たちも、そのフェイクに怒っている発信も紹介されている。非常に刻銘な記録に溢れていた。

 

私は、日本の軍隊をやみくもに貶めるものではないが、過ちを犯すことは無論あり、それが甚だしきレベルにまで猛進することがありうることは想像できる。南京での災禍は、それが極度にオーバーヒートしたものだったのではないか? 

 

ジョン・ラーベという当時のドイツのナチ党員の活躍はすごいものだったらしい。実際、中国の人たちを命をかけて救出し続けた。この人の物語だけで本が書けるほどの様々な事件と体験がある。大変興味深い人物であり、かつ、人間として素晴らしいものを持っている。ナチ党員という部分と被るのが、微妙に理解の難しい部分はあるのだが、南京での活動は掛け値無しに現地の人たちにとって、神様とも言うべき人であっただろう。

 

後にドイツに戻った彼が、苦境にあり食べ物にも事欠くという事態になったことが分かったときに、南京で彼から助けてもらった中国人が溢れるほどの食べ物と金員を彼に送った事実を見ても、彼のしたことの意味と活動の素晴らしさが分かる。

 

この書籍の内容は、そう中途半端に紹介できるものではない。半端な随想のまま、とりあえず書き置くことにしよう。