平山栄一記録簿  想哲理越憂愁     

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全員でマスクを外せばこの騒動は終わる

私はマスクを着けません。昨年の9月末まで介護の仕事をしていたときは、やむなく屋内介助ではマスクを着けましたが、屋外ではマスクを着けませんでした。介助時間は1時間とか2時間というケースも多く、比較的短時間でマスクを外すことができました。休みの日はむろん着けません。満員電車でも店でも役所でもどこでも着けません。満員電車だと、マスクを着けないのは、私一人の状態になります。

 

マスクが無意味でありかえって有害であることは既に知っていました。確か昨年の2月頃から、急にマスク姿が増えだし、3月にはほぼ全員に近い人がマスクを着けるようになっていました。

 

昨年の1月2月は、私も、これはとんでもない疫病パンデミックが始まったのだと信じ込み、いろんな所で刷り込まれる「対策」をしてました。手洗いを一生懸命やり、あちこちの店にある消毒液も利用しました。むろんマスクを着けます。その時で既に二重マスクもたびたびしてました。うがいも頻繁にしてましたね。イソジンは有害だと知ってたので使いませんでしたが。今やられている「対策」に素直に従っていた訳です。

 

でも、3月頃から本当に全員がマスクをするようになった頃から、違和感を持つようになりました。いくら何でも全員が同じ事をするという現実が、どうも「いただけない」なという感覚です。第二次大戦中、誰も彼もが竹槍を持たされて、非常時に備える、竹槍でもって鬼畜米英を撃退する・・・ 私はその光景を見ていませんが、歴史の記録で知っています。既視感ということはできませんが、類似の状況なんじゃないか、との感覚を持った訳です。

 

何かしらおかしい、そう気づいた私は、まず自分で、徹底的にマスクのことについて調べました。このとき、何故もっと早く自分で調べなかったんだろう、と後悔しました。

 

テレビは4,5年前に捨てたので見なかったのですが、今でもやっているバラエティトーク番組を1日遅れでネットで観ることができました。その番組では、ひたすら新型コロナウィルスの怖さを繰り返し繰り返し伝えてました。その情報に欺され続けていた訳です。なぜもっとPCR検査をしないんだ、とか、もっと様々な対策をするべきだ、政府のやり方は手ぬるい、などなど、項目はいくらでもありました。

 

以上、朝の記録、本日中に続きを書きます。