平山栄一記録簿  想哲理越憂愁     

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② 一人で行うノーマスク運動

昨年2020年の3月頃に、マスクは着けないことにした。比較的短期間だったが、2020年1月から3月半ば頃前後まで、マスクは着けていた。もっともさすがに在宅時や夜間は着けなかったが。今では昼も夜も着ける人がいる。実際にあちこちで聞いた。実数は分からないが。

 

私も2020年3月半ば頃まではマスクを着けていた。「洗脳」されていたからだ。周囲が着けてるし、着けた方が安全だと思わされていた。まだ自分で様々にリサーチを始める前の時のことだ。今はブログで見てもらってる通り、洗脳からは解かれ、ノーマスクを通している。

 

約3ヶ月近くマスクをずっと着けていた訳だが、その間、割合まじめにマスクを着けていた。というより、本当にこれで少しでも安全になったと感じていた。なにしろスペイン風邪以来のパンデミックになったんだから、という感覚だった。そう言えば、スペイン風邪がどういう状況だったのか、実際はどうだったのかについてその頃はまともに調べもしてなかったけど・・・

 

マスクを2重につけていた時もあった。今では、2重マスクは比較的あちこちで観ることができる。マスクの中に、ガーゼも挟むとかどうなんだろう、なんて考えたこともあった。そう言えば思い出す、マスクの隙間が気になり、何とかして顔に密着できる方法ってないものか、なんて考えたりもしてた。

 

こうやって思い出してみると、私は、相当洗脳されていたようだ。実際そのとき、新型コロナウィルスは体の周りのあちこちに浮遊しているというイメージだったに違いない。

 

しかし、2020年3月頃、ほぼ全員がマスクを着け始めるのを見て、さすがに直観が閃いた。何かおかしい。そう感じ、それをきっかけとして、マスクについて徹底的に調べて見た。むろんネットしかない。そして、調べてみてすぐに分かった。マスクは全然意味が無いと。意味が無いどころか想像を絶するほど有害だと。

 

もう何度も何度も書いてきたことなので、その内容は省略する。是非ご自分で調べて見て欲しい。

 

2020年の3月頃に基本的にノーマスクにした訳だが、それでも仕事をしている間は着けなければならない。福祉関係の現場ではマスクは必須。現場ではサポートする方ともそのご家族とも接触することがある。その際、マスクを着けなければならない。いやいやだが着けていた。時々苦しいので外してみたりもした。途端にクレームが来たりする。

 

もうクレームが来ても構わない、基本的に外すようにしよう、と思って外す機会を多くした。すると、仕事ができる現場が減った。同時にクレームの数もむろん多くなった。こりゃーつらいな、と思ったが、さすがに、ある現場で呼吸困難となり、頻脈と目眩が起きて倒れそうになったのをきっかけに、マスクはできるだけ外すようにした。

 

結局、移動をきっかけにその仕事も辞め、移動した先では絶対にマスクを着けないことに決めた。すると、簡単な話、仕事をみつけようとしても全く見つからなくなった。応募しても、マスクを着けられないのですが、というと面接に行けない。何十回も応募したが全滅。面接一度も出来ず。

 

そのとき思った。すごいな、これは。マスク着けないと今は仕事全然できないってことなんだな、と改めてマスク社会の怖さが分かった。

 

今は、畑仕事しながら、マスクなしでもできる仕事を模索中。当然普通の勤め仕事なんてできない。マスクをしない人との交流を増やすということも考えている。少数ではあれ、マスクを着けないことに決めている人は居る。そういう人達との交流を増やし、さらに仕事も考えていく。そういう姿勢で今後進むつもり。

 

ところで、マスクを着けないことに決めている人も、瞬間的には仕方なく着けることもあると聞く。つまり、お店に入るときとか、マスク着けない人は入店お断り、という所とか。あるいは、誰かと話をするとき、先方がマスクを着けているケースの場合とか。つまり、相手方、先方に気を遣い、マスクを一時的にせよ着けるということだ。

 

複数の人たちに聞いてみた。やはり、ケースバイケースで、短時間にせよ、あるいは一瞬にせよ、マスクを着けるときがある、と言われる方が多かった。でも、実はそれじゃいけない、ってあえて考えている。

 

今のマスク社会、本当に異常。実際、意味も無い、害がある、そういう物を着けることこそがおかしなこと。よっぽど風邪がひどくてくしゃみや咳ばかり出る、ということなら従来のようにマスクを着けていい。でも今は、全く何の病気もなく、体調不良でもなく、ピンピンしてる人までもがマスクを着ける。絶対おかしい。

 

マスクをしてジョギングしてる。はっきり言ってマゾだ。ものすごく体に害を与えてる。酸素吸収を思い切り落として走るなんて、エベレストに登るのに、競歩で登るようなもの。死ぬよ。

 

今のおかしなマスク社会を何とかしたい。そういう思いで私はノーマスクを始めた。なので、絶対マスクを着けない。相手がいやがろうが、迷惑だと思おうが、むしろ気がつかなければいけないのは先方の方。むろん気がつかないままになる人も大勢いるだろう。それでも着けない方がいい。

 

回り回って、子供たちを助けるためでもある。ノーマスクの姿を露出し続ける方がいい。そして、何らかの機会に、マスクを着けないことについての話ができる、ということも出てくる。

 

実際、私がマスクを着けていないことについて、時々人に説明することがある。会う人会う人全部に言える訳じゃ無いが、ふとしたきっかけで話ができるときがある。あるいは、マスクを着けてないことで苦情を言われたときとか、店の人から言われたときは、こちらからその理由を説明することができる。

 

むろん納得してもらえる成功率は圧倒的に低い。ものすごく迷惑そうにされる場合もある。時には警備員に通報されたりとか、少々ややこしいことになることもある。独立行政法人は思い切り上から目線。平気でそんなこともする。それでもノーマスク。

 

今の社会で、それくらい徹底する人は少ないけど、でも、考えてみたらこれは日本では当たり前のこと。何故なら法的科学的根拠は全く無いのだから。むしろ、マスク常時装着は圧倒的に危険だという科学的根拠は山ほどある。説明すればよい。

 

今では、先述したように、私がマスクを着けられない旨を説明した書面と、強要罪の告知についての説明書面を常時携帯している。常時装着ではなくて常時携帯だな。

 

この常時携帯でほぼ事足りるようになった。あくまでもマスクを着けろと主張する人には、これを読んでください、と言って渡す。全部読んでもらい、じゃあご理解いただいたと思うので、と告げ、図書館なら本を読む。飲食店ならとりあえず座る。役所なら・・・(いや、役所ではマスクを着けるように言われたことがない、強要はできないって知ってるのかな?)機会があれば、ノーマスクが絶対いいよ、という話もする。殆どの人は聞かないけど。

 

こういう形で目覚める人がもっと増えてほしい。迷惑人間だと考える人もいるかもしれないが、それは反対。マスクを着けろと強要する側の方がはるかに迷惑人間。それって傷害行為と一緒。私の場合、マスクを着け続けると本当に目眩と頻脈で倒れそうになる。その状況も体験している。なので、私にマスクを着けろというのは、傷害未遂行為。私に対してだけじゃない。子供たち全員そうだ。

 

小中高校で、マスクをいつも着けさせて授業するというのは虐待であり犯罪。絶対に止めなければならないこと。それがまだ理解されてない日本はひどい野蛮国。めちゃくちゃ反省してもらいたい所なのだが、世間の理解は真逆。

 

はっきりいって狂ってる。一人でも多くの人が私のこの活動を見習って欲しい。心からそう思ってる。