平山栄一記録簿  想哲理越憂愁     

人生の様々な側面を表示します メール keitaisan@icloud.com 

③もうすぐ死ぬ、というのはどういうこと?

人間って、深刻な問題を星の数ほど抱えてます。だからと言って、ずっと眉に皺を寄せて深刻ぶりながら人生を送るのはつらい。やっぱり楽しいことも経験したいし、嬉しいこともしてみたい。当たり前のことです。

 

コロナの問題で大変なことがアチコチで起きていますが、それについて考えることも大事、提案することも大事、抗議することも大事、でもそればかりだと心がすり減ってしまいます。

 

英語の勉強も大事、古武術の稽古も大事、なのでできる限りのことを何でも気持ちを込めて、真剣に、かつ楽しみながらやっていく、そういう姿勢も大事だなと感じています。不謹慎だなどと言う人はいないと思います。

 

ときどきやっぱり考えてしまいます。人間って何なんだろう? ほんの1世紀にも満たない時空を体験した後、あっさり消えてしまう存在? 生まれる前って無の世界? そして死んだらやっぱり無の世界? 子供にも聞かれたことがあります。子供が中学生の頃でした。

 

「人間って何で生まれるの? どうせ死ぬならなぜ生まれたんだろう?」

 

実はこの問いは、私が中学生の頃も自問自答していたものでした。ずっと考えてもさっぱり答が分からず、棚上げしてました。子供に聞かれたとき、もちろんまともに答えられるはずもなく、何かしらモゴモゴとごまかし言葉を並べたような記憶があります。

 

今も尚、棚上げ状態です。でも、最近思うことがあります。魂というのがやっぱり存在するんじゃないかな? 人間って肉体だけが存在じゃなくて、何かしらエネルギー体のような形で存在するものがあるんじゃないかな?

 

実はずっとそのことは考え続けていたのですが、いろんな説を唱える人の言うことを聞くと、同様の発想と研究、そして事例を紹介するケースが多々あることが最近明らかになってきました。そういった話をよく聞きます。

 

この間掲載した「エイリアンインタビュー」という情報もそれに類するものです。非常に興味深く記事を読みました。まだ本を読んでませんから何とも言えません。もっと分析してみないと分かりません。一方的に信じる訳にもいきません。

 

しかし、確実に言えることがあります。生まれる前のことは全く分からない、死んだ後のことも全く分からない。特に死ぬということは、死んでみないと分からない、ということです。こればっかりは・・・

 

お坊さんの話で、死を達観した人の逸話があります。この方は死の恐怖というものを完全に超越されてました。死ぬことなぞ何も怖くない。死ぬということについて詳しい説明をされた、ということではないのですが、死ぬ前に言われたのがこれです。いや、全然ありがたい話でも納得できる話でもありません。こう言われました。

 

「もうすぐ死ぬけど、死んだら火葬にするのは止めといて。熱いから。」

 

冗談で言ったのか本気で言ったのか、真剣だったのかふざけてたのか、何かしら意味を考えてほしかったのか、あるいは、死に対する気持ちの受け止めを試みてほしかったのか、全然分かりません。でも、何だか、フーン、そうなのか、なんて思ってしまったりしました。何がそうなのか、分かりませんけど・・・

 

死の問題、そして生きるとは何かという問題、まだまだ興味深く追求していきたいと考えてます。