平山栄一記録簿  想哲理越憂愁     

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②どうぞ潰してください

たまたま思い出したことがある。懐かしい話だ。

 

まだポケットベル全盛の頃、33年前? いや、もう少し前くらいだったと思う。その頃、まじめに会社勤めをしていた。それまでにも色んな会社に勤めては、上司や社長とケンカしたり、何やかやと抗議したりして辞めたりしていた。真面目に仕事はするのだけど、どうも会社勤めには向いていなかったらしい。

 

30才をちょっと過ぎた頃、ウツで凹んでいたときに、何故か専門書籍の飛び込み販売の営業というのをしたことがあった。ヤケクソで死にものぐるいで仕事をしたら、何故か営業にある程度向いている、ということが分かる。自分では意外だったが、そうか、自分は営業の仕事ができるのだということが判明し、それから間もなく、営業なら衣食住の住が向いているかも、いや資本少なめでとりあえず、いつか自分の仕事が出来るかも、と不動産仲介の会社に入った。書籍飛び込み販売と同様、新聞広告で応募して入った。

 

それなりに仕事はしていたが、あるとき、ちょっとヘビーな状況に出くわした。ポケットベルで会社から呼び出され、会社に電話をかけた所、どうも私にある顧客の所へ行ってほしい、ということらしい。内容はよく分からない。何だかクレームが入っているらしく、その対応に行ってほしい、ということのようだ。何も分からないまま、とりあえず聞いた住所で営業車を走らせ、場所を尋ね当てて、クレーム客に会うこととなる。

 

インターフォンを押して、中に入る。けっこう大きな家だ。洋風建築だったことしか覚えてない。建築会社? 土建屋? そういう類いだったように記憶している。中に招かれて部屋に入ると、ごっつい男性3人と女性1人がずらっと並んでる。男性の内の真ん中の1人がいきなり私に向かってドスをきかせた声で言った。

 

「お前んとこの会社、明日潰すからな。覚悟しとけ!」

 

え? 何コレ。なんで? いきなりだったのでさっぱり何が何だか分からない。

 

「どうされたのですか? 何かご不審なことがあったのですか?」

 

丁寧に言っても先方は何も聞いてない。

 

「ともかく潰す。明日中にお前んとこの会社は潰す。覚悟しておけ!」

 

もう潰す潰すの一点張りで本当に何が何だかさっぱり分からない。

 

「本当に申し訳ないのですが、私はただここに来るように会社から言われて来ているだけで、どんなご事情でご立腹されてるか全く分からないのです。どういう子細か教えていただけませんか?」

 

何度も聞いてみたが、先方の言葉は同じ。

 

「やかましい! 明日潰すことに決めてある。アシタ、お前のとこの会社は間違い無く潰す、それだけや。覚悟しとけ。」

 

何度も何度も同じ言葉がお互いに繰り返されるばかり。

 

とうとう、同席していた女性が間に入ってきた。おそらく怒りに震えて叫びまくっている男性の奥さんのようだ。この方、ずーっと、私のことを食い入るように見ていた。怒りの絶頂にある男性に向かって、言ってくれた。

 

「この兄ちゃん(いや兄ちゃんじゃなくて普通に大人だったのだけど)なんや、ホントのこと言うてるみたいやで。ほんまに何にも知らんと来てるんとちゃうやろか?」

 

この声かけでかなり流れが変わった。猛り狂っていた男性が、その怒りの内容についてようやく話し始めてくれた。話を聞くと、会社が出している住宅チラシの一つを見て、その現場に行ったらしい。ところが真夏の暑いさなかに、待てど暮らせど、担当者が中々やってこない。いつまで待っても誰も来ないので頭に来たらしい・・・ ただそれだけの話。

 

真ん中の男性の横に並んで坐っていた2人の男性は、兄弟なのか親戚なのか分からないが、一番上である男性から指示されて座っていたようだ。けしからん会社に対してお灸を据える、それに加勢するという役割? 横の奥さん(アネさんと言った方がぴったりくる人だったけど、ならば旦那さんは親分さん? 全体にちょっとヤクザっぽい印象の人たちだった、全体に・・・)はなだめ役?

 

ひとしきり、烈火のごとく怒っていたことの内容が分かり、私もどのように対処したらいいかについて考えてみた。どう考えてもこれしかない。で、決めたことについて先方にお話してみた。実はこの会話のやりとりの最中に、会社からのポケットベルがビービー、何度も何度も鳴っていたのだ。このベルについても触れてみることにした。

 

「なるほど、よく分かりました。まことに申し訳ありませんでした。お腹立ちは本当にごもっともです。この暑いさなかに何のご連絡もせず、お客様を放置致しまして、本当にご迷惑をおかけしました。会社に成り代わりお詫び申し上げます。ご覧ください。お客様にご連絡することなく、私にずっとポケットベルを鳴らしっぱなしです。ご迷惑をおかけしたことについて、何も知らない私だけに押し付けてます。所詮こんな会社です。私も別段の未練もございません。会社を潰すというお話、私も全く異存ございません。どうぞ、お潰しになってください。この度は本当にご迷惑をおかけ致しております。申し訳ございません。どうぞ、この会社、お潰しになってください。」

 

一気にこれだけのことを申し上げ、ただただ頭を下げた。すると・・・

 

「うん? そうか、潰してもええんか。・・・う〜ん、お前はオモロイこと言うなぁ・・・よっしゃ分かった。お前の顔に免じて、今回はもうええわ。お前のこと、気に入ったで。」

 

その後は、横にいたごっつい男性二人も、アネさんも散り散りに消えてしまい、残る親分と私の二人だけになる。親分はそれから私に対して自慢話を2時間ばかし続けてくれた。ポケットベルは相変わらず鳴りっぱなし。うるさいのでスイッチを切った。もう親分さんは上機嫌で自慢話をひたすら続ける。私はずっと聞き役・・・

 

実は、本当に潰すつもりなんてこの人の頭には無いというのが分かっていた。難癖つけて、とにかく怒ってやりたかったということだけだったんだろう。別段こんなことくらいでゆすりたかりをする訳でもない。それに、実際こんなことで会社を潰すなんてできないし、よしんば1%の確率で会社が潰れても、私は何も困らない。別の会社を探せばいいし、どうせ私自身はいずれ独立するし。実際それから1,2年後独立しちっぽけな事業を、同じく不動産仲介業を立ち上げることとなった。(その後は、介護の業務にも参加、そっちの方が楽しくなったけど)

 

思いっきりどなられ、思いっきり「潰す、潰す」と脅されたけれど、私には全く馬耳東風、一体何の話? という感じ。だって、潰してくれてもいいし、潰れなくてもいいし、どっちでも良かったから。とりあえず、落ち着いていただき、機嫌を直してもらうだけで良かったから。勤めてた会社には少し悪者になってもらって申し訳なかったけど、とりあえずお客さん、会社とも一件落着となって、ほどよい調整役となれて少し安堵できたという、あまり大したことのない面白くもないお話・・・でした。

 

でも何となく懐かしい話。こんなこともあったんだなぁ。あの親分さん、それに会社の人たち、皆さん元気にしてるかなぁ?