平山栄一記録簿  想哲理越憂愁     

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子供たちをとにかく助けたい

2,3日前のことだ。自宅近くの保育園を通りかかったときに、偶然、20人くらいの園児が外出する所に出くわした。保育士さんたちが、子供たちを集め、列がばらけないようにお話されている。私は少し迷ったが、車を駐め、ハザードランプを付けて保育士さんの近くに歩いて行った。保育士さんが少し驚きながら私の方を観ている。保護者以外の大人がわざわざ近づいてくるなんてことは無いからだ。

 

不審がられてもいけないので、丁寧にお辞儀して、おはようございます、と挨拶しながら、男性の保育士さんの近くに行って話を始めた。

 

実は園児たちはマスクを着けていなかった。少しほっとしたのだが、現在、保育園の子供たちへのマスク装着の話がどうなっているのか聞いてみたかった。そこで、事情を確認したかったわけだ。聞くと、今外出しようとしている子供たちは年少組さんだそうだ。3才4才くらいだろうか? 保育士さん(男性、他に女性の保育士さんもいたが、男性に聞く方がいいだろうと思った、無論、保育士は皆マスクしている)に聞くと、年少さんには今の所、マスクは着けさせません、年長さんは自分でちゃんとできるので着けてます、とのことだった。

 

保育士さんは上から言われた通りに動いている、そういう感覚だった。小さい子供にマスクを着けさせることについての危険性はあまりご存じないようだった。私からは一応、今、子供たちにマスクが着けられてない様子を見て安心しました。でも、どうなるかはまだ分からなさそうですね、それに年長さんが着けていると聞いて心配してます。小さな子供にはマスクを着けないようにした方がいい、という専門家が沢山いますので。どうぞ宜しくお願いします。

 

そう言って離れた。話しながら、年少さんの子供たちに、手を振りながら保育士さんと話した。子供たちは、私が手を振るのに答えて、どんどん手を振ってくれる。保育士さんとの話が終わり、どうやら、皆で移動することになったようだ。私は子供たちに、「バイバーイ、気をつけて行ってきてね。」と手を振りながら声をかける。すると、子供たちは全員、私に対して、「バイバイ、バイバーイ。」と手を振り続ける。中には、この子見てぇ、面白いよぅ、とか言いながら私に話しかける子もいた。楽しい限りだ。子供たちが全部通り過ぎるまで、ずっとお互いに手を振り続け、バイバーイ、気をつけてね〜、と言い続けた。ノーマスクの私とノーマスクの子供たちだったからできたことだろう。楽しいひとときだった。

 

私と子供たちがマスクを外していたからこういうことができる。もし、子供たちがマスクを着けていたら、こうした交流も出来なかっただろう。

 

そう言えば思い当たる。マスク社会でなかったとき、つまり大人も子供もマスクなんか誰も着けてなかったとき、普通にお互いの挨拶が出来ていた。朝なら「おはよう」「おはようございます」、昼なら「こんにちは」 本当に大人も子供も普通に挨拶が出来ていた。今はどうだ? マスクで顔の殆どを覆っている。マスク同士では挨拶もできない。いや、マスクとノーマスクが出会っても挨拶できない。ノーマスクの私がマスク姿の人に挨拶しても、固まってしまって口をモゴモゴさせるだけだ。ごく稀に挨拶を返す人がいるという程度。

 

人間にとってとても大切なコミュニケーションが紛失されてしまっている。挨拶からいろんな展開があり、いろんな話も出来ていた。沖縄なら、ユンタクという習慣がある。それが普通にできていた。ところが、マスクのためにすっかりその習慣に苔が生えてしまった。これは社会における重大な瑕疵だと言えるだろう。

 

これも人々を分断させるという大きな作戦なのだと考えている。分断を画策する者がいる。これは影に隠れている。影に隠れた者たちは、密かに数十年前から画策した作戦を実行中なのだ。この作戦を順序立てていくら伝えても、すべて「陰謀論」という言葉で片付けられてしまっているのが昨今の状況だ。

 

しかし、めげずに暴いていこう。子供たちを助けるために暴いていこう。とにかく返事が返ろうと返るまいと、子供たちには声をかけ続ける。ついでに、ダメモトでマスク外そうね~、マスクしてたら苦しいさ~、要らないよ~、もう段々とばれてるよ~、なんて口も挟んでいこう。変わったジジィで結構。声かけジジィで結構。

 

子供たちをとにかく助けたい。