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恐怖とマスク

日本の人口の九分九厘にコロナに対する恐怖が行き渡っている。でなければ、これほどにマスク姿がありとあらゆる所に溢れかえるはずがない。科学的に、マスクは感染症対策に全くならない、それどころか有害だということを示す論文は数多く存在する。逆にマスクが感染症ウィルスを防ぐエビデンスは全く無い上、マスク常時装着による有害性を示す科学論文もまた数多く存在する。しかし、その情報は一切報道されず、やみくもにマスクを着けましょう、ということばかりが強調され続けてきた。

 

2020年の始め頃からパンデミックが発生したことにされ、3月頃から一斉に皆がマスクを着けるようになった。そして、ノーマスクの人はいるものの、マスク警察なる市民自警団的な存在まで現れるようになった。マスクを着けていない人に対して、頭ごなしに叱りつける人がそこここに出てくる。主に子供や女性など弱い立場の人に対して、威嚇的になるようだ。考えてみれば卑怯なものだ。

 

私はマスクを着けない形を2020年の3月頃からずっと通してきたが、マスクを着けてる人たちとの交流もむろんあった。その人たちにとって、私は、ちょっと変わっているけどマスクを着けない人という見方をしてくれて、何らかの事で意見交換や協力作業をするときに、別段私を排斥するようなことはそれほど無かった。

 

ところが、段々とそういう人達も、ノーマスクの私を徐々に忌避するようになっていった。例えば今日も、朝一番の稽古で、久しぶりに会った人の態度が丸で変わっていた。1年程前まで、太極拳の稽古の交流が少しあり、先方の知らないことをお伝えしたりしていた。スワイショウや立禅、推手などを全くご存知なかったので、お伝えしたりすることで喜んでもらえてた。ところが、しばらく会わない内に、ノーマスクの私を迷惑に思うようになられたようだ。稽古中の所へ伺い、ご無沙汰の挨拶をしたのだが、私を見て、それまで外していたマスクをすぐに着けられ、挨拶もそこそこに、すぐに私から離れ、帰っていかれた。明らかにノーマスクの私から少しでも早く離れたい、というご希望だったようだ。

 

むろんこういう方ばかりではなく、数少ないが、ノーマスク、あるいは、1人で公園を散歩するときはノーマスク、普段は仕方無くマスク装着という方もいる。そういう方とは、公園で会っても、普通にノーマスク同士で話をすることができる。この方はたまたま殆ど、コロナの真実を理解している人だから当然と言えば当然だが、圧倒的にこういう方は少ない。

 

2020年の最初の頃から、ずっとテレビ、新聞、政府、自治体による恐怖の刷り込みは延々と続いていた。学校もそうだ。マスク姿は少しずつ増えていった。小学校でも中学校でも高校でも、授業中、マスクをずっと着け続けるのは当たり前になってしまっている。体育の授業や音楽の授業でも着けられることがある。はっきりいって虐待であり犯罪だ。そんな簡単なことが今の教師は理解できないでいる。

 

子供たちにとって、酸素の身体への脳への取り入れは、年かさの人に比べて、圧倒的に大量に必要とされている。まだまだ脳の発達が完成していない子供たちにとって、マスクで酸素吸収を阻害されることは、脳の成熟がうまくいかず、脳に対する深刻な障害が起きる。そのダメージを元に戻すことはできない。多くの日本の科学者、学者、世界中の本物の専門家たちから無数の警告が発せられている。にもかかわらず、メディアは一切その情報を流さない。

 

非常に奇妙な現実となっていることに、気づく人は殆どいない。日本は、世界でも類を見ないほどに恐怖の刷り込みが成功した地域だ。これほどにマスク装着が行き渡っている国は殆ど無い。むしろ、自ら率先してマスクを着ける。強制する必要が全くないほどに、スムーズにマスク装着社会が進んでしまった国だ。

 

PCR検査にも、とてつもない行列ができる。一体なぜそんなに従順なのだろう。オミクロン株というただの風邪以下の状況に対して、皆でPCR検査を受ける必要など全くない。症状が軽症者と無症状者・・・症状が無症状って一体何なんだろう。冷静に考えたら、症状が軽症と無症状という言い方が、どれほどおかしなことかすぐに分かるはずだが、当たり前にこうした言葉が延々と繰り返され続けている。それで感染者数がどんどん増えているということになっている。感染力の強さが脅威だとか、濃厚接触者の隔離をしなければならないとか、全く意味が分からない。ほんの2,3年前まで、風邪が流行ったときに、風邪の感染者の数を数えたか? 一回も数えられたことが無かったはずだ。今回に限り、毎日のように勘定している。おかしいと何故気づかないのか? オミクロンというのは「風邪以下」なのだが・・・

 

そもそも無症状の人になぜ検査をしなければならないのか? またPCR検査そのものが感染症検査には全く使えない検査だということが、一切指摘されたことがない。開発者であるキャリー・マリスは、生前ずっとこのことを言っていた。PCR検査は感染症検査には絶対使ってはいけないと。そして、彼は、2019年8月に、何故か1人で肺炎で急死したとされている。その直後にこの新型コロナウィルスのパンデミックというものが起きたことにされている。彼が生きていれば、このパンデミックが続くことは無かっただろう。開発者として、この検査は全く使えないということをずっと表明し続けたであろうから。黙っているような人では無かった。エイズに関する件でも、世界の常識を覆す発言をされていたくらいだ。(キャリー・マリスのこの発言も真実だと考える人が現在は多い)

 

PCR検査が無効な検査であることについて、メデイアできちんと報道されている姿は全く見たことが無い。一件もない。これはありえないことだ。キャリー・マリスのアナウンスも報道されたことがない。彼が亡くなって以後、ウィキペディアの記述も大きく変わってしまった。ウィキペディアの表記は、実はいくらでも変わってしまうもので、真実がどんどんぼやけることがある。それどころか、評価が一変し、丸で別人のような表記にすりかわってしまうこともある。

 

今の日本では、マスクを着けなかったら、恐ろしい新型コロナウィルスにやられてしまう、と信じ切っている。オミクロン株というのも用心しないといけない。症状は軽症と無症状らしいけど、とにかく用心しとかないといけない。むろん、PCR検査もずっと受け続けないといけない。無料? だったら尚更受けないと・・・そういった流れに今の日本はある。

 

もう冷静に事態を見極めるとか、おちついて今回のパンデミックとされるものを自分で調べる、検証してみる・・・そんな視点は丸でない。テレビが言ってるからそうだろう、政府は国民のことを市民のことをきっと大事に思っているはず、だから言うことを聞いていれば間違いない・・・本気でそう思い込んでいる人が殆どだろう。実はこの点において、完全に足下を踏み誤っていることに全然気づいていない。

 

テレビは嘘吐きマシンであり、政府は、国民市民を騙し、収奪することしか考えていない、という当たり前の現実に全く気づいていない。テレビにとって、製薬会社は最大のスポンサー、そんな相手にとって都合悪いことをテレビが言うはずがない。政府も全く同様だ。この現実に気づかないと、当たり前の生の寿命を全うすることすら出来なくなる。今は、完全にやられ続けている事態だが、全然分かってない。

 

せめて子供たちだけでも助けたい。なのでその活動をしている。この2月か3月から5才以上の子供たちにもこの危険なコロナワクチンを打たせようとしている。元来、ワクチンというものは1人でも亡くなれば中止だ。ポリオワクチンでも日本脳炎ワクチンでも、子供が1人ずつ亡くなり、二つとも接種は中止になった。新型コロナウィルスワクチンとされるものは、接種後既に1437人もの人が亡くなっている。超過死亡のデータから推測すると、現在7万人、いや8万人の死亡者数かもしれないという状況がある。何故、接種が中止にならないのかを考えてもみない、ということ自体が異常なのだが、そこに気づいていない。

 

もっと怒らねばならないのに、怒りのマインドが丸で摩滅してしまっている。接種中止にならないどころか、5才の幼稚園児にこの危険な「ワクチン」を打とうとしている。岸田もデニーも重犯罪者であるという現実を99パーセントの人達が理解していない。現在の政治における長こそが、最大の重犯罪、殺人犯としての烙印を押されてしかるべき。その現実に気づかない限り、殺戮は続くだろう。

 

本当に子供たちだけでも助けたい。

 

以下の動画の末尾でも言っていた。子供たちだけでも助けたい、とやっぱり発言している。同感だ。

 

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