平山栄一記録簿  想哲理越憂愁     

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②世界で起きていること 酸化グラフェン 寄生虫 ナノボット、ナノチップ・・・

朝の稽古場はあちこちにある。ここは公園が沢山あり、それぞれの特徴を持っている。朝稽古が一番気持ちがいい。日の出を体感しながら、体を少しずつ動かしていき、ほぐしていくのは貴重な楽しみな時間だ。ただ、つい先日の朝稽古では、重い気持ちにさせられる出来事があった。

 

小学生の通学時間帯となり、三々五々に子供たちがやってくる。どうやらこの公園は通学の中途地点だったようだ。待ち合わせをして誘い合わせている子供たち、友達を見つけて走ってくる子、少しばかりアレコレ立ち話をしている子供たち、などなど、微笑ましい場面が続いていた。だが、殆どの子はマスク姿。これには本当にウンザリする。可哀想でならない。

 

それでも全員ではない。中にはマスクを着けていない子もいた。おや、基本的に自由にさせているということなのか、と一瞬思った。少しは実質強制という形は崩れていってるのか? それなら進歩だから嬉しいことだが、と思った途端、その期待は裏切られた。

 

3年生くらいの男の子がやってきたのだが、その子はマスクを着けていない。A君としておこう。上機嫌で他の友達に挨拶している。他の子たちはマスクを着けている子が三分の二くらい、着けていない子が三分の一くらいだ。ただ、着けていない子の中にはマスクを手に持っている子が多い。A君は、明るい笑顔でいろんな友達と言葉を交わしている。そこへ、別の子がマスクを持って近寄ってきた。A君に、自分の持っているマスクをA君に分かるように、ピッとかざす。いかにも、これ忘れてるんじゃない?っていう仕草だった。

 

A君は、瞬時に固まり、「アッチャー」と言いたげな表情になっていた。少しうつむく。う~ん、どうしよう、うん、仕方無いなぁ。そう心の中でつぶやいているような様子。残ってる皆に、待っといてよー、取ってくるよー、と声をかけ、来た方向へ走り出した。どうやら自宅に、忘れたマスクを取りに行くようだ。

 

この寸劇を観て、たちまち理解することができた。A君はマスク忘れの常習だったようだ。そして、マスクを忘れるということは、学校では見過ごすことができない忘れ物ということだ。ひょっとしたら、学校で罰点として、何かしら罰則があるのかもしれない。グラフ表でも作られ、忘れた回数チェックでもされてるのかもしれない。

 

小学生だけではなく、中学生もこの公園を通る。中学生にとっても通学の中途地点のようだが、中学生はほぼ全員がマスク姿、ほんの少しノーマスクの子もいる。しかしおそらくノーマスクの子も、マスクをいつでも着けられるように携帯していることだろう。

 

新型コロナウィルスがあるとされてから始まったコロナ騒動、もう2年になるのだが、昨年の3月頃から始まったマスク装着が未だに続いている。それもますます過剰になっていくばかりだ。小学校でも中学校でも、マスク装着はもう当たり前になっている。

 

ある中学校の教頭先生に話を聞いたことがある。知り合いの紹介を得て、話をしにいったのだが、もう全くこちら側の話を聞いていなかった。マスクを子供たちに着けさせることについて、話をさせてほしい、ほんの少しの時間でよいので、教室で話をする、あるいはマスク装着の危険性、無意味さなどについてのチラシも配布したい、そういった申し入れをさせてもらった。

 

ところが、本当に全くこちら側の話を聞いていない。ひたすら、保護者の皆さんがマスクを着けることを必要と思っておられ、学校側としてもその意思を尊重するしかない。なので、そういったチラシの配布や話をしてもらうというのは、学校側として受け入れることは出来ない・・・その一点張りだった。

 

科学的な根拠もない、むしろ年若い子供たちにとっては大変有害、その警告は多くの医師により世界中へ発せられている。そういったお伝えもしているのだが、全く聞く耳を持たない。ひたすら、保護者の皆さんが~云々の自己弁護ばかり。子供たちの方を全く向いていない。

 

こうした姿勢は学校だけではない。社会のあらゆる場所で通底している。フードマーケットであれ、飲食店であれ、美術館であれ、どのような建物でも、すべてマスク装着を条件とされている。そういう中でマスクをせずに建物内に入り込むのは、何故か大変勇気の要る行動になってしまう。

 

他にもバスや電車などの交通機関、役所、図書館、博物館、警察などの公的機関、そういった所に行くのにも、すべてマスク装着が必要となってくる。どこもかしこも、自動体温測定器、プッシュ型の消毒液噴霧器がセットされている。皆、まじめに体温測定し、「正常です」の自動音声を聞いて中に入る。そして必ず消毒液を両手に擦り込む。丸で当たり前のルーティーンワークかのように、習慣づけられた日常行動と化している。

 

本当にいつの間にこんなへんてこな社会になってしまったのだろう。建物の前には必ず体温測定器がある世の中なんて、一体誰が想像しただろう? 学校内のプールで授業を受けるのにもマスクを着けられるなんて、一体誰が予想できただろう?  

 

いや、もちろんマスクだけではない。PCR検査もワクチンも子供たちに普通にほぼ義務づけられている、現在は12才以上の子供たちにワクチンを打つことを推奨されている。12才と言えば、小学校6年か中学一年だ。いやいや、12才どころじゃない、来年の2月か3月には、5才以上の子供たちにもワクチンが打たれ始めることになる、とされている。

 

5才? 小学校にも上がっていない、幼稚園児。親の庇護がなければ何も分からない子供たちにワクチンが打たれる。いや、ワクチンですらない、完全な毒物が体の中に入れられる。

 

完全な毒物だといきなり聞いた人は混乱するかもしれない。特に、テレビと新聞しか見ない人にとっては、丸で理解できないだろう。しかし、ほんの少し調べた者にとっては、新型コロナウィルスワクチンというものが完全な毒物であることは、常識なのだ。

 

リカルド・デルガド氏が世界に先駆けて明らかにしたように、新型コロナウィルスワクチンとされるものすべてに、酸化グラフェンという毒物が入っている。酸化グラフェンは人間に害を為す有毒物質。それが何故か日本では、マスクにもフィルターにも酸化グラフェンの有効的な利用ができるとされている。奇妙な話だ。実は、つい最近、酸化グラフェンではなく、水酸化グラフェンであるという話が出てきた。遙かに安定した物質らしい。ところがその内容の動画発信をした直後に、医師アンドレアス・ノアック氏は警察官に踏み込まれ、ショットガンで脅されながれ連行され、その数時間後に死亡している。

 

こんな出来事を前にして、大方の人々を何を思うのだろうか? いや、実はこの事件でさえ、一切報道に載らないので、人々はこの事実を知る由すらない。世界中で徹底的な隠蔽が続いているのだ。

 

酸化グラフェン・・・水酸化グラフェン・・・それだけではない、ロバート・ヤング氏、リカルド・デルガド氏、キャリー・マディ氏によって、動画と解説付きで新型コロナウィルスワクチンとされるバイアル(小さい薬瓶)の中に、寄生虫の存在までもが指摘されている。そればかりか、正体不明のナノボットやナノチップまでもがその存在を指摘されている・・・

 

一体何が入っているのか、全く分からない。どのような意図でこれらの物が入れられているのかも分からない。いや間違いなく一つだけ分かることがあった。

 

それは、多くの人々を害するがために入れられているのだ。どこをどうひねくり回しても、酸化グラフェン、あるいは水酸化グラフェン、寄生虫、ナノボット、ナノチップなどが、ワクチン内容物として期待されているはずがないからだ。徹底的に多くの人々を害する、要するに沢山の人を殺害する、人口を削減するがために、こうした内容物の存在を以て、効果を促進しようとするものだ。

 

今ほんの少し紹介した異常な内容は、多くの人が観ているメディアでは絶対に報道されない。むろん政府も言わない。学校も言わない。言うのは、ひたすらワクチンをしっかり打ちましょう、三回目も前倒しして、できるだけ多くの人がしっかりワクチンを打ちましょう、というようなことだけ。この合唱を成り立たせるが為に、この国の総理大臣が率先してワクチン接種を絶賛推奨中なのだ。

 

もういいかげん気づかないといけない。今のメディアがウソしか言ってないことを。今の政治が詐欺しかやっていないことを。今の学校が児童、生徒の殺害に手を貸していることを。

 

海外では、覚醒した人々が命がけでデモに参加している。風船や笛太鼓で呑気にワイワイガヤガヤののんびりデモじゃない。既に戦争、革命が起きている。負傷者も多く出ている。不法逮捕も続出、いずれ、警官や軍隊に覚醒剤が打たれ、世界中の多くの弾圧現場で起きたような残酷な惨劇が起きる可能性も大いにある。

 

今の社会は、完全なカオス状態。何が起きるか分からない。分かっているのは、子供たちを助けなければならないということ。この部分だけでも、一人でも多くの人が覚醒しなければならない。その覚醒如何で、どれだけの市民が生き残るかが決まる。今の日本ではどの程度生き残れるだろうか。