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武術における組手稽古の扱い

本日の二つ目

 

格闘技、武術において、いわゆる組手稽古というのがあります。ボクシングなどは、組手とは言わず、スパーリングという名で試合形式の稽古があります。もっとも空手や柔道、中国拳法という一般的な武術においても、組手稽古を重視される場合があります。私も相当数の組手稽古を重ねました。主に若い頃です。

 

空手の稽古のし始め、そして、ロンドンに1年住んだときの空手道場での稽古において、組手稽古を重ねました。そして、数々の傷を負ってます。組手稽古を一定期間したことのある人で、ケガなど1回もしたことがない、ということは聞いたことがありません。必ずケガをします。相手を害することもあれば自分が傷むことも必ずあります。

 

ケガをした時は、これくらいのケガなど大したことない、と強がりを決め込むのが常でしたが、残念ながら後遺症という形で、ほとんど必然的に何らかの障がいが残ります。私とて無論例外ではありません。

 

武術によるケガだけでなく、事故や武術稽古以外の外部の者から受けた暴行(これはまだ詳細を書きません、いずれ書きます)によるケガもあり、さまざまに後に残るケガを負いました。父からもよく言われたものです。手紙ももらいました。若い内のケガにも気をつけなさい。歳をとってからいろんな形で不具合が出てくることがあるから・・・そういったことを注意されたものです。

 

若かった頃はあまり耳に入らず、得意げに組手稽古を重ねたりしたものです。ところが、やがて、そこそこの年齢になると、思い知ることになりました。

 

ケガのプロセスは、何も組手稽古だけによるものではありません。組手稽古で負ったケガにもかかわらず、無理して稽古を重ねた結果さらにケガの度合いを深めるということもあります。日常の動作の中で、傷んだ部分に負荷がかかることによって、さらにその部分が傷むこともあります。

 

結局、何故こんなに傷んでしまったのだろう、と感じるほどに、様々な箇所に障がいが残ることになります。障がいと言っても、人それぞれで、私の場合、中年期以後は極力組手稽古を控えるようにしました。なのでケガの度合いはまだ低い方だと思っています。(例外的に加齢を重ねた上での組手稽古もしましたが、幸いそのときは大きなケガは起きませんでした。ラッキーでした。)

 

それでも、両手首、左肘、右膝、腰などに、微妙な形で障がいが残っています。自分の工夫で、カバーするようにしています。ストレッチ、ヨガ、呼吸法、クンバハカなどなど、様々にある方法で改善を図っています。中々難しいですが。

 

私の考えですが、組手稽古をすればするほど強くなれるものだ、という感覚は間違っていると思います。そのような認識は今は全くありません。むしろ、長年に亘り、無理な組手稽古を重ねすぎると、武術の理合、実力、感覚などは摩滅してしまうと考えています。相手を吟味し、お互いがお互いを尊重する形をキープしつつ、組手のシミュレーションの稽古を積み重ねる方が、確実に強くなれます。むしろ、防御を基本とした稽古に取り組み、自分の周囲にバリアを築く、そのバリアにはそう簡単に踏み入れさせない、そういったイメージの取組をすべきだ、と考えています。

 

同時に、健康確保は当たり前の必須条件です。睡眠、運動、栄養の要素を過不足なく維持し、かつ、医学的見地(西洋医学はあまり信用しません、むしろ東洋医学的見地からの知識を重視します)において、間違った情報に欺されないようにする、というポイントも大事です。無分別なアルコール類の過飲など身体を害するだけです。

 

健康保全において直近における最も分かり易い事例としては、新型コロナウィルスワクチンなどという猛毒を、打たないということです。国や自治体、トンデモ医者、トンデモ御用学者、新聞テレビなどからの誤情報、詐欺、デマを真に受ける、ということはしません。実は、以前お世話になった武術の師範にも、新型コロナウィルスワクチンとされる猛毒の危険性についてお伝えしたことがあるのですが、全く残念なことに、お一人は完全にスルーされました。常にワクチンを打ち続けていた方で、今回も必ず打たれるようです。もう既に打たれたかもしれません。残念です。

 

組手稽古は、ある程度若い内なら、そこそこ体験しても構わないと思います。ただし、ケガをしないように充分気をつける、相手の吟味も行う、ソフトコンタクトを優先する・・・でも、男はバカです。負けてたまるか、絶対に勝ってやる、そういった妄念から逃れることはできません。鼻が曲がったり歯が折れたりしても、尚相手に立ち向かっていく、ということになってしまいます。私もそうでした。

 

なので、途中で気づいたのなら、強く自分を戒め、稽古法の確立を自分なりに考える、という作業が当然必要です。

 

参考にされる方がいれば幸いです。

 

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